好きクない女

第壱章 長電話

男、長谷川は結婚して10年が過ぎていた。子供が2人。市の3LDK公団暮らし。
長谷川は働き盛りの37歳になっていた。仕事は広告代理店の営業。
毎晩、お得意との夜の懇親会も多く、帰りは11時、12時が普通だった。日本のサラリーマンはそのくらい働いて給料はそこそこだ。
得意先と飲みに行こともあれば、同僚と飲むこともある、同僚に付き合って残業することもある、一人で漫画喫茶で考え事をする事も含めて、総じて仕事だ。
どこに仕事のヒントが落ちているか判らないからだ。
妻はもう諦めていた。だんなは夕食は家族で食べない生物だと。でも、たまに不満が堪ると、たまには夕食時に帰ってきたら。などと可愛げなことを言う。
その日長谷川は、仕事の納品が早く済み、たまたま自宅近所を通りかかった。時間は午後6時過ぎだ。ふと「あなた、もう1年くらい一緒に夕食食べてないわよ。」と2、3日前の朝、妻に言われた事を思い出した。
「晩飯を家で食べて、会社に電話すれば、今日はいいか。」
子供も喜ぶだろうな、などと考えて早速、家に電話した。
ジリリリ、ジリリリリ
呼び出し音が聞こえる
ジリリリ、ジリリリリ
なかなか、出ない
「はい、もしもし!」
早口で妻が電話に出た。
「ああ、おれだけど」
久しぶりに、早い時間の電話で、妻が驚いただろか、と長谷川は少し緊張した。すると
「何?これキャッチホンなの、用件、早く言って!」
長谷川は言葉を失った

1秒か2秒の沈黙だった
「なんなの?友だちが待ってるから用件をいって!」
半分怒ったように妻は早口でがなった
「ああ、おれだけど、今、仕事終わったんだけど、晩飯ある?」
「ないわよ。じゃあ切るわよ」
2、3日前の朝、俺に言った事はウソか。信じた俺がバカだったのか!
と即座に思ったが、そこは冷静に
「んじゃあ、外で食べて帰るよ。」
「うん、そうして。」ガチャン!
なんとなく会社に電話する気にもなれず、通り沿いの中華料理屋に入って、新聞を読みながらビールと餃子、シュウマイを注文する。
妻は本当に大切な用事で電話していたのかな、と気になり、その場で家へ電話してみると
今度はツーツーと話し中だ。
またキャッチホンだからとか言われて無愛想に応じられるのも嫌だなと思い、あわてて電話を切る
ビールも飲み終えて最後にトンコツラーメンをオーダーする。時間は7時半。
もう一度家へ電話するが相変わらず話し中だ。
8時になり、会社へ電話して今日は直帰を告げたが、まだ家に帰る気にならず もう一本ビールを頼んで、所在無く、テレビを見る。
9時になり家へ帰る事にする。
「一年近く夕食時に家にいないから、妻のあの言い方もしょうがないか。」
と気持ちも落ち着いてきた。
「ここで怒っちゃ男がすたるな。」
と、自分に言い聞かせて玄関を開けた。
「ただいまー」
家の中はにぎやかだが、誰もでてこない。
「がまん、がまん。」 そう言い聞かせて応接のドアを開けると、子供達は大きなボリュームでテレビを観ていた
これじゃあ、玄関の声は聞こえない。
「ただいまー」と言いながら妻の姿を探すと、
妻は、子供達が食べ終えた食器そのままで、まだ電話をしていた。

まさか同じ相手と6時から今まで話してるとは思わなかったが、その声の大きさが、子供達のテレビのボリュームを大にさせている事は確かだった。



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