登場人物
* 藤田直孝(フジタ)
* 藤田尚子(妻)
* 猪山
* 山中真也(19歳)
* 多中裕介(21歳)
* 友丘 準(17歳)
* 十津川警部
* 亀井刑事
* 西本刑事
* 日下刑事
* 北条早苗刑事
* 本多捜査一課長
* 三上刑事部長
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十津川も亀井も唖然とした。
フジタ選手の妻、尚子の言うとおり事件が起きたからだ。110番が入る前に、尚子を連れて、現場に向かった。
後楽園ホールへ着くとフジタ選手は青酸中毒で即死とわかった。まさに毒霧だ。その毒霧を浴びた猪山選手も昏睡状態だ。
この時点で、警視庁は殺人事件にきりかえ、後楽園ホールに鑑識が向かった、遺体は原因解明のため、警察病院で解剖された。
死んだフジタ選手の妻、尚子は遺体をみてその場で倒れた。
明朝になって、もう一人の猪山選手は、なんとか峠は越した様子だったが、青酸カリ入りの"本物の毒霧"を目や鼻口から多量に吸い込んでいるため、後遺症が心配だ。
その後、フジタ選手の解剖結果が判るに連れ事件の真相が見えてきた。
死因は青酸カリ中毒死。
原因は、フジタ選手が吐いた毒霧だ。
フジタ選手の新しい必殺技、毒霧は、口に色の付いた液体を含み、つばと一緒に噴き出すだけだだ。
その液体は、薬袋大のビニール袋に入れ、上の部分を輪ゴムで二重巻きしてある。
それをフジタは自分のロングタイツのポケットに入れて、試合中の「ここぞ」と言う時に、素早く歯で袋をちぎり、中の液体を口に含み、敵に噴射するのだ。
念のため、セコンドにも幾つか渡しておき、試合の流れで、セコンドのそれを素早く受け取り噴射する場合もある。
フジタ選手の場合は、中の液体に致死量の青酸カリが混入されていて、毒霧噴射した残りを自分のカラダに多量に吸収しての、中毒死だった。
まず、青酸カリ入りの液体をフジタに渡したセコンドがまっ先に怪しい。ところが、
「あの毒霧は企業秘密と言うことで、フジタ選手本人が作り、試合前に渡された」
とセコンドの3人は言う。その表情からウソを言ってるようには見えなかった。
フジタが自殺する事は200%あり得ない。自殺するにしてもリングで試合中に、毒を飲むなど、常識的に考えてもありえない。フジタは誰かに殺されたのだ。
この試合に付いたセコンドは、フジタ選手の付き人、
山中真也(19歳)
と、
多中裕介(21歳)
友丘 準(17歳)
の三人だった。
フジタは試合前に、毒霧を3色、赤、青、緑を各一袋づつの3袋、自分で持っていた。
セコンド山中に同じく3色3袋を渡していた。
他のセコンド、多中と友丘には一袋も渡していない。
事件後、フジタのタイツを調べると、一袋が無くなっている。
試合後のリング東南の事件現場から、破れた緑色の袋が発見され、調べてみると青酸カリが入っていた反応がでた。
フジタのタイツに残った2袋に、青酸カリは混入されていなかった。
17分過ぎに、フジタがリング下に落ちた時、セコンドの山中はひと袋渡したが、
それは使っていない。
タイミングが合わず、噴射は出来なかったようだ。
試合後、この袋はリングサイドで破れた状態で、発見された。
驚いた事に、この袋から青酸カリが検出された。
山中が持っていた残りの2袋の中を調べても青酸カリは混入されていなかった。
毒霧の色はどうやって作るのか、山中に聞いてみると、
「おそらく、缶ドリンク」だという。
自動販売機で売っている「トマトジュース」や「野菜ジュース」などを使用するだけで、
特別な液体と言う訳ではない。
もっともな話で、いちいち特別な液体を作っても意味が無い。
つまり、青酸カリ入りが2つあったが、その内の一つは未使用。もう一つが使われ
フジタ本人が中毒死した。
問題は、誰が毒袋に本物の毒を入れたかだ。
十津川は最初にTVが浮かんだ。試合を実況中継しているTVの録画をみれば、フジタに毒霧を飲む瞬間が写っているはずだ。
中継のビデオは、場内に設置及び手持ちのカメラの中から、デイレクターが随時、カメラを指定して放映される。その間、各人のカメラは撮り放しになっているはずだ。
試合のビデオには、スロー再生すると、開始から17分後に、フジタがリングサイドに落ちた時、素早くセコンド山中が毒霧入りの袋を渡していた。
しかし、フジタはこの時は毒霧を噴射していない。
そのシーンは、人垣が出来て、正面、東のカメラからは見えない。
別のハンデイカメラの画像を見てみると、セコンドが駆け寄るところは写っているが、それ以外は振れて、写っていない。
選手がリング下に落ちると、その都度セコンドが飛んでいき、カメラマンやサブレフリーが集まるため、リング下は人垣ができる。ファンも集まるため、一種のパニック状態に陥るという事がわかった。
次の日、レスラー殺人事件の看板が立てられ、第一回の全体会議が開かれた。
十津川は事件の関係者を黒板に描きだしてみた。
藤田直孝(フジタ)→青酸中毒死
藤田尚子(妻)
猪山
山中真也(19歳)
多中裕介(21歳)
友丘 準(17歳)
亀井が
「セコンドの山中は、フジタの家に住み込んでいます。
フジタ直属のまな弟子ということで、かれこれ2年、
衣食住を共にしています。」
「山中の才能を認めて、フジタが英才教育を施している
わけです。」
「レスラーの世界では珍しくないのかな?」
十津川が亀井に聞くと
「通常は会社が新人を採用して、会社で育てます。
山中の場合も雇用は、会社であるジャパンプロレスが行ない、
給料も会社が出しています。」
「山中は特別扱いという事か?」
西本が
「山中はレスリングで有名なK高校の特待生で、次のオリンピック候補
でした。」
格闘技に詳しい西本がスラスラと答えた。
「オリンピックを止めて、プロレスへ入ったのはなぜ?」
十津川が疑問を挟む
「山中は甲府の生まれです。家が豊かではないので、手っ取り早く金に成る
プロを目指したと考えられます。
それと、昨今の格闘技ブームもあって、
2008年のオリンピックまで待ちきれなかったと思われます。」
十津川が西本に
「詳しいね。」というと
「いや、これは私の趣味の知識です。これから実体を調査します。」
と西本が照れて言うと、会議室に笑いが流れた。
「まず、動機を探ってくれ。
フジタの家庭、女関係、会社の仲間たちの評判など、
人気商売のプロレスラーだから、恨みを買う場合が多分にある。」
十津川が会議を締める
「西本君は、山中の実家を当たってくれ、
彼がプロレスラーになったきっかけが知りたい。」
刑事たちが飛ぶように外へ出かけていった。
十津川は残った亀井に
「フジタの奥さんを調べよう。
何か隠している事があるみたいだ。」
亀井は、言わなくてもわかっていると言う感じで、
一人でコートを羽織って部屋を出ていった。
季節は冬を迎える11月だ。外の空気が肌寒い。
東京は、いつの間にか、夏は赤道直下並みに暑く、
冬はシベリア並に寒い都市になっていた。
犯罪も年々増える一方だし、物価も上がる一方だ。
ガソリンがリッター130円をオーバーしている。
何を好き好んで、この暮らしにくい都市に、1,200万人も住んで居るのか、
と自分の事を棚に上げて恨んでみる。
いやな事件が起きる度に、十津川はそう思う。
プロレスの世界でも、フジタのようにスタートしてファンに認知されるには、
それ相当の苦労があるはずだ。その頂点にいる時に、テレビ、観客の衆人監視の中で、
殺されるとは
午後には亀井が帰ってきてフジタの妻、尚子の概略がわかった。
5年前に結婚、現在、33歳。
5歳の長男と3歳の次男の4人家族。
フジタの生まれが東京で、大きくないが50坪の敷地に3階建ての家。
亀井刑事と同じ町内で、別段悪い噂もない。
資産は、50坪の土地を含めてそこそこはあるが、まだ親も健在で、遺産相続の話は出ていない。妻、尚子は名古屋から嫁いでいる。
実家は薬局だ。東京の大学に進学。OLに就職後、
友人に誘われてプロレス観戦をしてプロレスファンになり、フジタと結婚となる。
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